
猫の慢性腎臓病の初期症状として最も特徴的なのが「多飲多尿」です。これは腎機能が低下することで尿を濃縮する能力が失われ、薄い尿を大量に排出するようになる症状です。その結果、体内の水分が失われるため、喉の渇きを感じて水をたくさん飲むようになります。
具体的には、以下のような変化に気づいたら注意が必要です。
多くの飼い主さんは、この「多飲多尿」の症状に気づいた時点で動物病院を受診されますが、実はこの時点ですでに腎機能は正常の4分の1程度にまで低下していることが多いのです。これは慢性腎臓病のステージ2に相当し、腎臓の機能はかなり損なわれています。
注目すべきは、この段階では猫は元気で食欲も普通にあることが多く、「何か病気があるのか?」と疑問に思うほど普段と変わらない様子を見せることです。そのため、多飲多尿の症状を「年齢のせい」と見過ごしてしまうケースも少なくありません。
猫の慢性腎臓病は、国際獣医腎臓病研究グループ(IRIS)によって提唱されているステージ分類に基づいて評価されます。このステージ分類は、血液検査でのクレアチニン値やSDMA値、尿検査、血圧測定などの結果から総合的に判断されます。
【IRISによるステージ分類】
ステージ | クレアチニン値 | 主な症状 | 腎機能 |
---|---|---|---|
ステージ1 | 1.6mg/dl未満 | ほとんど症状なし(尿比重の低下や蛋白尿などが見られることも) | 軽度の腎機能低下 |
ステージ2 | 1.6〜2.8mg/dl | 多飲多尿が始まる。元気・食欲は普通にある | 正常の4分の1程度に低下 |
ステージ3 | 2.9〜5.0mg/dl | 食欲低下、嘔吐、体重減少などが見られ始める | 生命維持に必要な最低限の機能は残存 |
ステージ4 | 5.0mg/dl以上 | 重篤な臨床症状、尿毒症の進行 | 積極的治療なしでは生命維持が困難 |
ステージ1では、血液検査の数値はほぼ正常範囲内で、尿検査で尿比重の低下や蛋白尿が見られることがあります。また、腎臓の形状に異常が認められることもあります。この段階では臨床症状はほとんど見られないため、定期健診で偶然発見されることが多いです。
ステージ2になると、多飲多尿の症状が現れ始めます。腎機能は正常の4分の1程度にまで低下していますが、猫は元気で食欲も普通にあることが多いため、飼い主が異常に気づきにくいことが問題です。
ステージ3では、腎機能の低下がさらに進み、老廃物が体内に蓄積することで尿毒症の症状が現れ始めます。食欲低下、嘔吐、体重減少などが見られるようになります。また、貧血が起こることもあります。
ステージ4は最も重篤な段階で、尿毒症がさらに進行し、積極的な治療なしでは生命維持が困難になります。
慢性腎臓病の猫にとって、適切な食事療法は治療の重要な柱の一つです。腎臓に負担をかける成分を制限しながら、必要な栄養素をバランスよく摂取することが目標となります。
【腎臓病の猫の食事で制限すべき主な栄養素】
市販されている腎臓病用の特別療法食は、これらの栄養素のバランスを考慮して作られています。ドライフードとウェットフードがありますが、水分摂取の観点からウェットフードが推奨されることが多いです。
特別療法食を選ぶ際のポイント。
特に注意したいのは、市販の一般的なキャットフードには高タンパク・高リンのものが多く、腎臓病の猫には適さないということです。また、手作り食を与える場合は、栄養バランスの管理が難しいため、獣医師や動物栄養士の指導を受けることをお勧めします。
近年、猫の慢性腎臓病に対する新たな治療アプローチとして「再生医療」が注目されています。特にステージ2〜3の慢性腎臓病に対して、従来の治療法に加えて幹細胞治療を行うことで、腎機能の低下をさらに緩和させる効果が期待されています。
幹細胞治療は、細胞が持つ炎症を抑える働きや組織の線維化を抑制する働きを利用して、腎臓の炎症を抑え、腎機能の維持・回復を目指す最先端の治療法です。実施方法としては、点滴による方法と注射による方法があります。
【幹細胞治療の特徴】
幹細胞治療以外にも、腹膜透析や血液透析などの方法もありますが、設備のある病院が限られていることや、猫への負担が大きいことから、一般的ではありません。
また、2025年現在の最新研究では、「AIM(Apoptosis Inhibitor of Macrophage)」と呼ばれるタンパク質が猫の腎臓病の治療に有効である可能性が示唆されています。AIMは腎臓内に蓄積した死細胞を除去する働きがあり、腎機能の回復に寄与する可能性があるとされています。
猫の慢性腎臓病は、症状が現れる頃にはすでに病気がかなり進行していることが多いため、早期発見が非常に重要です。特に7歳以上の猫や、腎臓病のリスクが高い猫種(ペルシャ、アビシニアン、シャム、ロシアンブルー、メインクーンなど)では、定期的な健康診断を受けることをお勧めします。
【腎臓病の早期発見に有効な検査】
特に注目すべきは、比較的新しい検査項目である「SDMA」です。SDMAは従来のクレアチニンよりも早期に腎機能の低下を検出できることが分かっており、腎機能が40%程度低下した段階で異常値を示すとされています。一方、クレアチニンが異常値を示すのは腎機能が75%程度低下してからです。
健康な成猫であれば年に1回、7歳以上のシニア猫であれば半年に1回、10歳以上の高齢猫であれば3〜4ヶ月に1回の健康診断を受けることが理想的です。定期的な検査によって腎臓病の早期発見につなげることで、適切な治療を早期に開始し、猫の生活の質を長く維持することができます。
慢性腎臓病の猫の在宅ケアで最も重要なのが「水分摂取の確保」です。腎臓病の猫は尿を濃縮する能力が低下しているため、十分な水分を摂取することで腎臓の負担を軽減し、老廃物の排出を促すことができます。
【水分摂取を増やすための工夫】
また、慢性腎臓病の猫の在宅ケアでは、ストレスを最小限に抑えることも重要です。ストレスは食欲低下や水分摂取量の減少につながり、病状を悪化させる可能性があります。静かで落ち着ける環境を整え、無理に食べさせようとせず、猫のペースを尊重することが大切です。
薬の投与が必要な場合は、獣医師の指示に従い、正しいタイミングと方法で行いましょう。錠剤を飲むのが苦手な猫には、錠剤粉砕器を使用したり、猫用のトリーツに隠したりする方法も有効です。
慢性腎臓病は完治が難しい病気ですが、適切な管理によって進行を遅らせ、猫の生活の質(QOL)を維持することが可能です。長期管理において重要なのは、定期的な通院と検査、そして日々の細やかな観察です。
【予後に影響する主な因子】
慢性腎臓病の猫の長期管理では、「数値だけを見るのではなく、猫の状態を総合的に評価する」という視点が重要です。血液検査の数値が悪化していても、元気で食欲があり、体重が維持されているなら、急激な治療変更は必要ないこともあります。
また、終末期のケアについても考えておくことが大切です。猫が苦痛を感じている場合、緩和ケアの選択肢について獣医師と相談することも、飼い主の重要な役割です。猫の生活の質を最優先に考え、最期まで寄り添うことが、慢性腎臓病の猫との向き合い方として大切です。