
リモネンは、みかんやオレンジなどの柑橘類の皮に含まれる香り成分です。この成分は、私たち人間にとっては爽やかな香りを放ち、リラックス効果をもたらすとされています。しかし、猫にとっては全く異なる影響を与えます。
リモネンは化学的には単環式モノテルペンに分類される揮発性の植物精油成分です。その特徴として、炭化水素系の物質(ゴムやプラスチックなど)に対して溶解作用があるため、様々な洗剤や溶剤として広く利用されています。
人間の体内では、リモネンは肝臓で代謝され、尿と一緒に排出されます。しかし、猫の体内ではこのプロセスが機能しません。猫は本来肉食動物であり、進化の過程で植物性の油分を分解する酵素を作り出す能力を持たなかったのです。そのため、リモネンが体内に入ると、分解できずに蓄積され、中毒症状を引き起こす危険性があります。
猫がリモネンを摂取すると、様々な中毒症状が現れる可能性があります。症状の程度は摂取量や猫の個体差によって異なりますが、主に以下のような症状が報告されています。
特に深刻な場合は、意識障害を起こして寝たきりになったり、最悪の場合は死に至ることもあります。獣医師の報告によると、リモネンを含む犬用の皮膚用剤を猫に使用して死亡した事例や、濃縮された製剤を規定の5倍以上使用して中毒症状を起こした事例があるとされています。
猫の皮膚は人間の皮膚の約1/5程度と非常に薄いため、リモネンが経皮吸収されやすいという特徴があります。さらに、リモネン自体が経皮吸収促進剤としての性質を持つため、皮膚から体内に入りやすく、重度の皮膚炎を引き起こす可能性もあります。
リモネンは私たちの日常生活の中で、意外と多くの製品に含まれています。猫を飼っている家庭では、以下のようなリモネンを含む製品の使用に注意が必要です。
猫がいる家庭では、製品を購入する際に成分表示を確認し、リモネンやd-リモネンという表記がある場合は使用を避けるか、使用する場合は猫が触れないよう十分に注意しましょう。また、リモネンを含む製品を使用した後は、猫が触れる前に十分に乾燥させるか、猫が触れる可能性のある場所は水で十分に洗い流すことが重要です。
環境省 - ペットフレンドリーな暮らし方ガイド(化学物質と動物の安全に関する情報)
みかんの季節になると、多くの家庭でみかんを食べる機会が増えます。猫を飼っている家庭では、みかんの皮の扱いに特に注意が必要です。
猫とみかんの皮が接触する危険性は主に以下の3つのパターンが考えられます。
これらの接触を防ぐための対策
特に注意すべきは、猫は起きている時間の約半分を毛づくろいに費やすという習性があることです。もし被毛にリモネンが付着すると、毛づくろいの際に口から摂取してしまい、内臓、特に肝臓に影響を与える危険性があります。
多くの猫は柑橘系の香りを本能的に嫌うことが知られています。みかんの皮をむき始めると、それまで近くにいた猫が離れていくという経験をした飼い主は少なくないでしょう。この行動には、猫の生存本能が関わっていると考えられています。
猫が柑橘系の香りを嫌う理由については、以下のような科学的考察がなされています。
この本能的な嫌悪反応は、実は猫を守るための重要なメカニズムと考えられます。猫がリモネンを含む柑橘類を避けるのは、体が危険を察知して自己防衛しているのです。
興味深いのは、この特性を利用して「猫よけ」として柑橘系の香りが使われることがあるという点です。猫が入ってほしくない場所に柑橘系の香りをつけると、多くの猫はその場所を避けるようになります。ただし、この方法は全ての猫に効果があるわけではなく、個体差もあります。
日本獣医学会誌 - 猫の嗅覚と行動に関する研究(猫の嗅覚と特定の香りに対する反応についての科学的研究)
実際、猫によってはリモネンの香りに対する反応が弱い個体もいます。そのような猫は、リモネンの危険性を自分で察知できない可能性があるため、飼い主が特に注意して守ってあげる必要があります。
猫のこの本能的な嫌悪反応は、リモネンの危険性から身を守るための自然な防衛機能と言えるでしょう。しかし、飼い主としては、猫の本能だけに頼るのではなく、積極的にリモネンへの接触を避ける環境づくりを心がけることが大切です。
万が一、愛猫がリモネンを含む物質に接触したり、摂取したりした場合、迅速な対応が必要です。リモネン中毒が疑われる場合の応急処置と対応について解説します。
中毒が疑われる症状。
これらの症状が見られた場合、以下の対応を行いましょう。
リモネン中毒は、早期発見・早期治療が重要です。「様子を見よう」と判断を遅らせると、症状が悪化する可能性があります。少しでも異変を感じたら、迷わず獣医師に相談しましょう。
また、日頃から近隣の24時間対応の動物病院の連絡先を把握しておくことも大切です。緊急時にあわてないよう、動物病院の連絡先や場所、営業時間などをスマートフォンに保存したり、冷蔵庫などに貼っておくと安心です。
公益社団法人日本獣医師会 - ペットの救急対応(ペットの緊急時の対応方法について詳しく解説)
予防が最も重要ですが、万が一の事態に備えて、適切な対応方法を知っておくことが愛猫を守ることにつながります。