寝台列車で目を覚ますと、辺りは明るくなっていた。
人の気配を感じてカーテンを開けると、知らないおっさんが対面の開いてる寝台席に勝手に座ってくつろいでいた。目が合う。
うわあ。
びっくりした私はカーテンを反射的に閉めた。しばらくして再度カーテンを開けると、おっさんは居なくなっており、ちょっとした消失マジックを見たような気分だった。
窓の外には、白樺がずらりと並ぶ光景だ。
Mえだ氏によると、少し前には広大な平野が見えてて北海道らしかったぞー、とのことだった。
そうか。もしかしたらさっきの知らないおっさんはMえだ氏だったのだろうか。いやいや、明らかに顔が違っていたし、でも、人は起き抜けは顔が違うし、うーん。ちょっと気を抜いてた顔だったのかも知れないな。変身前だったのかも。
網走だ!
網走と言えば寒い刑務所。
今回の目的地、知床にとても近い場所だ。北海道の位置関係がわからなかった私は、今回の旅でいくつかの地名を覚えた。やはり、行って見ないと覚えられない。中学のとき、地理が苦手だった当時の私に、こういう旅行をさせてやりたい気がした。
今回覚えたことを書き留めておこう。
北海道の下の方には、今回は行かなかった函館がある。ちょっと上に、札幌がある。空港があるのは千歳である。そんでもって、真ん中あたりには富良野があり、上の方には網走、知床がある。
ちなみに、地図を想定して書いてるので、上というのは北、下というのは南なのである。
さて、北海道のみやげと言えば、鮭を口にくわえた木彫りの熊だ。私の実家にも確か一つある。しかし、さすが網走。駅にもその有名な木彫りの熊が置いてあるのだ。
木に群がるカブトムシのようにわらわらとたくさんいる熊たち。
こんだけたくさんの熊を見せられたら、その気になって熊の土産を買う気になる人もいるのではないだろうか。巧妙な作戦である。
網走駅は、目の前にバスターミナルがあって、駅自体はこじんまりした感じ。
うむ、なかなかいいぞ。
駅周辺でこのぐらいの拓け具合ということは、少し離れればいい感じの自然が期待できる。
駅にある銅像もなんだかわかんないけど、威勢がいい。
こっからはレンタカーを借りて移動する予定だが、レンタカーの営業時間が8時からだったのでとりあえず朝飯を食うことにした。朝飯は「網走感動朝市」だ。
まず、ごはんだけを買って、そこにうにだの、いくらだの、えびだのを好き勝手に乗せて、最終的には笑うほど大盛りの海鮮丼にして食うという、あれに出会えるのだとどきどきしていた。
送迎バスが出てたので乗る。物凄い人だ。皆、例の「勝手に海鮮丼」を狙っているのだろう。私たちはぎりぎり補助席に座れた。満員だ。
あれっ。
なんか小さくないか?
私は先走って、ごはんセットという味噌汁とごはんだけのセットを買った。で、そこに乗せる何かを探して回ると、周りの店は海鮮のみやげ物屋だった。
えーっ。
ほっけやほたて、さんまなどはある。焼いた奴が。
やられた。ここは朝市という名前をつけただけの、観光客向けのしょぼい朝飯施設だったのである。
また、建物の外で魚を焼いているおっさんは態度が悪かった。何を言われたかは忘れたが、物凄く腹の立つことを言われた。
私とMえだ氏は、悲しい気持ちで貴重な朝飯をここで食った。
言っておこう。「網走感動朝市」は、感動のかけらもない、みやげ物屋の集まりであり、一部店員に態度の悪いおっさんがいる。
私と同じように「好き勝手な海鮮丼」が食えると思って行こうと思っている人はやめた方がいいだろう。
行った場合は、最初からうに丼とかいくら丼を食おう。
朝市の送迎バスは間隔が長い。暇だったので、裏の駐車場に回ってみると、がけの上にブラックジャックの家みたいなところがあった。ピノコが住んでいるのかも知れない。
しばらくして、送迎バスが来る。我々は黙ってバスに乗り、網走駅に戻った。
さて、これからレンタカーを借りに行く訳だが、テンションの下がった私は、手続きをMえだ氏にやってもらおうと、後ろの方に下がってた。が、Mえだ氏がするりと私の後方に下がり、結局私が手続きをすることになった。
旅先でのこういう手続きは、既に私の役目になっているのだ。
「レンタカーお願いしたいんですけどー」「予約もなしで!?」
むっ、なんだこの店。予約してなかったけど、もっと他に言い方あるんじゃないの?結果、なんかねちねち言われたが車を借りることは出来た。だが、腹が立つので書いておこう。
網走駅前のマツダレンタカーのへらへらしたメガネの店員は態度が悪いと。
強調文字で書いたので少しすっきりした。気を取り直していこう。思えばこの日の午前中は、この旅最悪の時間帯だった。
知床斜里というところまで、車で移動する。
前を歩いているのはMえだ氏。北海道は寒いらしいから長袖持ってきたほうがいいぞという私の言葉に、全日程を長袖で過ごしたという男である。しかも、暑ければ長袖を脱げばいいのに、がんとして脱がない。
北海道は、全く北海道らしくないぐらい暑かったのだ。
Mえだ氏は、歩くガマン大会のような男なのであった。
知床斜里の港からは、知床めぐりの観覧船が出ていた。
知床半島の先っちょのほうは、ひぐまなんかが出るし、そもそも道路がないので車でいけないのだそうだ。
すごい。秘境である。
ひぐまってどれくらい大きいんだろう。2,3メートルある巨大なやつだろうか。んごぁあ、とか叫んで襲ってくるんだろうか。
で、10時までに申し込めば3時間半コースで半島の先っちょまで行けるのだが、10時をわずかに過ぎてしまったので、半島の半ばで引き返す1時間半コースに乗ることにした。
冬ならまだしも、流氷もないのに観覧船に乗るやつなんざいやしねえよと思ったが、凄い人だった。
みんな何を見に行くんだろう。それは私たちにも言えることだが、なんかいいもんが見れるかも知れないという期待を抱かせて船は出発したのである。
船に乗り込み、窓際の席に陣取る。
船の両脇と屋上?に船外の席が、1階と2階に船内の席がある。私たちが陣取ったのは2階の船内席だ。
満員じゃないの?というぐらいの混み具合。数百円のお金を出すと座れる、ちょっと豪華なスペースもあった。流氷もないというのに、ほんとみんな何を見に行くんだろう。繰り返しになるが、それは我々にも言えることだ。
船は走り出し、だだっぴろい海が目の前に広がる。我々も、甲板に出てはしゃいでみることにした。これがオホーツク海なのだ。もしかしたら、一生見る機会などないかと思っていたオホーツク海。
けど、写真だけじゃあ近所の千葉の海との違いは特にわからない。巨大イカとか鯨がびゅんびゅん泳いでいるぐらいのインパクトがほしいところだ。
そこへ突如、「国からの通達で、船内でのかっぱえびせんの販売はしておりません」などといったアナウンスが流れる。かっぱえびせん限定で何か事件でもあったんだろうか。
港からついてきているかもめだかウミネコだかの海鳥だ。船の後方から船体と平行に飛んで、追い越して行ったなと思ったら、旋回して後方にさがり、また後方から追い上げてくる。
甲板では、海鳥にエサをやっている人がたくさんいた。
海鳥もわかっているようで、チラチラと人の方を見ながらスピードを合わせ、人の手からうまいことエサをとっていく。そのエサがかっぱえびせんなのだ。
なるほど。
かっぱえびせん販売禁止の謎が、なんとなく解けた気がした。
船は順調に進む。
ときおり、このへんの岩はアイヌ後でなんたらいう有名な場所でと解説が入る。だが、私たちの居る方は海側なのでさっぱり陸の方は見えない。帰り道に見ることにして、今は広がる海を静かに見守るのだ。
海だなあ。
宣伝文句によると、「イルカが見られるかも知れない」「ひぐまが見られるかも知れない」というものだったが、特にこれといったものは出てこない。海である。
いきなり来て、たまたまそんな珍しいものを目撃しようなど、虫のいい話なのかも知れない。
少し向こうに、小さめのクルーザーが優雅に浮かんでいた。乗ってる人は皆救命胴衣を着用して、大人しく座っている。あれは多分、別のツアーなんだろう。
船の前方に崖が見えたので写真を撮る。
丁度、よそのおばちゃんがはいはいごめんなさいよと移動していたため、おばちゃんがもろに写る。もろに、などと書くと何かいやらしいものが写ったように思うかもしれないが、そういうことは特にない。
後から見ると、特にどうということのない、単なる崖と船首である。
ここらあたりから、だんだん寒くなってくる。
このときばかりは長袖を常に着用しているMえだ氏に軍配があがる。いや、別に勝負しているわけではないが、長袖が役立って嬉しそうだった。
ところで、そろそろ飽きてきたので、適当に写真を撮ったりして流す。
海だなぁ…。
あ、船がすれ違った。
ざばざば…。
あ、かもめがこっち見ながら追い抜いてった。
完全に気を抜いていると、船がたくさん停泊している謎の地帯に。事故でもあって渋滞しているのだろうか?
船が急ブレーキをかけ、白波が立つ。船は急速に方向を変えた。早い話が、ここが折り返し地点で、180度方向を変えたわけだ。
そしてついに、我々の居る側が陸地の方を向く。行きはずっと海ばかりで途中から完全に飽きたが、帰りはひぐまがぐぉーとうなってるところを偶然目撃できるかも知れない。
なんだったら、中に人が入った熊のぬいぐるみが岸のあたりをうろうろしてるような、やらせでも構わない。
謎の船停泊地帯を後にする。
我々は残念ながらここで折り返してしまうが、この先、もっと進んだらもっと面白いものが見れたのだろうか。なんとも言えないが、ずっと同じ光景のような気はする。
陸だ。
館内放送ではなにやら解説をしていたが、特にコレといってすげえと思うところはない。
動物が海辺にでてきてこんにちはしそうな地形のところに来る。
が、特に何もいない。船は徐々にその場所に近づいていく。
滝だ!
滝だけど、私の中の期待がひぐまやらイルカをターゲットにしているので、いまいちテンションがあがりきらない。
残りの行程も、適当に流していく。ざぱーん。ざぱーん。
という訳で戻ってきた。
しかしこれ、冬の流氷の季節になると物凄い混雑をするんだろうなあ。
修行を終えた気分で、我々は食堂に入り、昼飯を食った。
私が頼んだ三色丼は、イクラ、うに、かにが入っていた。しかし、なんだかちんまりした感じだった。
大きな大きな北海道で、ちんまりした三色丼を食う。
まあ、時にはそんな体験もあるだろう。私たちは、豪華なはずの今日の晩飯に期待しつつ、知床を後にしたのだった。