とにかく何かをやってみるということ 後編

この道を、まっすぐまっすぐ歩いていけば、やがて家に帰りつけるだろう。

 

道中、10回以上くじけそうになって、バス停の時刻表を見て、ああ2時間も前に最終バスは出てしまっていると確認した。

 

しょうがない。

 

私の中での「しょうがない」は、なかなか前向きな言葉だ。逃げ出そうと思ったけど、そう簡単には逃げ出せないようだな。ふふ。しょうがない、もうしばらく進んでみるとするか。

 

そんなニュアンス。

 

体力がないからしょうがないよ、できないよ、時間がないからしょうがないよ、絵心がないからしょうがないよ、文章力がないからしょうがないよ、才能がないからしょうがないよ。そんなふうに使うことも出来る。でも、やらないとかやめる決断は、別になにかのせいにしなくても出来る。

 

どうせなら、何かのせいにするのは、何かをやるための方がいいんじゃないだろうか。

 

まあこの場合、道中しんどいのは全て私の思いつき、つまり、ちょっと遠いとこから歩いて帰ってみようと思ったのが全ての元凶である。

 

健康ランドで昼間から飲んで、胃に残っていたアルコールも、汗と一緒に出て行きつつある気がしてきた。そうすると腹が減ってくる。

 

夜の十時。そんな時間でもファミレスはにぎわっていた。混んでるファミレスは大嫌い。特に1人で入るときは、空いてるに越したことはない。

 

やがて、中野区に突入。予想外に練馬区を早く抜けられた。地図上はどうなんだかわからないが、板橋区と中野区の間に、ちょこっと練馬区の一部が挟まってる感じなんだろうか。

 

ラーメン屋が見えてくる。

 

こんな夜中に食ってても違和感のない食い物。それはラーメン。ラーメンは食い方にこだわりの強い人がいたり、店のオヤジがやけにえらそうだったり、どこのラーメン屋が好きかで派閥争いが起こったりするという、たいそうな食い物である。

 

私は、ぬるいラーメン以外はだいたいおいしく食べられる。トッピングが選べるラーメン屋で「全部のせ」を選ばない限り、まともなラーメン屋であればぬるいラーメンが出てくることはまずないはずだ。

 

目の前には2軒並んだラーメン屋。片方は、店員が入り口の外で呼び込みをしていた。見ると、店の中には客が1人もいない。となりの「野方ホープ軒」はほぼ満員だ。

 

ラーメン屋の厳しさを見た気がした。競争の厳しい世界。ラーメン屋にラーメンで勝つほど難しいことはない。なるべく戦わずに勝っていきたい私にとっては、そんな世界で戦うこと自体が無謀なことのように思えた。

 

ああ、ついに、青梅街道との交差点だ。もう、だめだと足が弱音を吐いていた。

 

私本体もタクシーに乗りたいと弱音を吐いた。

 

しかし、タクシーに乗ったりしなかったのは、意地でも根性でもなく、ここまで来たら歩いて帰らないとタクシー代がもったいないということだった。

 

青梅街道に差し掛かり、よく見る通りまで戻ってきた。足の裏はひりひりで、太もものあたりはなんだかぷるぷる震えていた。

 

もう、いいから部屋に戻って横になりたかった。私はコンビニでちょっとした食べ物を買い、ぷるぷるしながら一歩一歩家に近づきつつあった。

 

だめだ、もうだめだ。休もうか。いや、休んだら動けなくなる。少しづつでいいから進むんだ。

 

やがてマンションが見え、階段をあがる。ドアを開け、部屋に入り、荷物をおいて横になった。

 

私はやりとげた。何の役にも立たない、くだらないことだがやりとげた。小学生のちょっとした遠足の距離を私は踏破したのだ。ただ、遠足の場合は行き先は山だったりするよなあ。ま、いっか。

 

うつぶせにベッドに倒れこんでいると、どこかに潜んでいた猫が出てきて、私の横腹にお尻を押し付け、ごろごろとのどを鳴らしていた。やがて目の前が暗くなってきたなと思ったら、私は眠りについていた。