荒川に昼寝しに行こうぜ


 私の体はなまりきっていた。
 一応、日に2,3度のウォーキング程度のことはしているが、なんというか体全体をまんべんなく使っていないので、体のあちこちが虫食いのように運動不足になっているのだ。たぶん。
 土曜の朝九時、だらだらとグラノーラ(コーンフレークの親戚のようなやつだ!)を食い終り、着替えて自転車を引っ張り出す。
 かつて、私と冒険をともにした、折りたたみ自転車、英国製ブロンプトンはすでにない。あまりに酷使、というか、おおざっぱに使いすぎたために、フレームが歪んで長距離走行には耐えられなくなってしまったのだ。いままでありがとう。代わりに、パナソニックのなんとかいう折りたたみ自転車を買ってはいたが、いままでろくに乗らずに折りたたんだままになっていたのだ。
 冒険二号、そんな感じの名前をつけ、やつを走行形態に変形させる。ブロンプトンの変形作業は流れるような美しさだったが、こんどのこいつは、なんだかどんくさい感じ。いや、どんくさいのは私かも知れない。とにかく、走行形態にしたままマンションの階段を3Fから1Fまでひきずりおろす。
 さあ、いこうか。
 今回の装備は、かかとをホールドする方式のサンダル、七分丈のぶかぶかしたズボン、シャツ、帽子だ。尻パッド入りのパンツも履きこんである。
 まずは北に向かい、かつての相棒トトが眠る哲学堂に向かう。普通の都会の景色の中、特になんということもなく20分。着いた。
 ここに来て何をするかというと、墓参りである。受付で100円払って火のついた線香をもらい、共同墓地に置く。道中、思い出したように買った猫缶も置いて、水を墓石にかける。そんな行為が、かつて亡くなった猫に届くとは思わない。たぶん、この一連の行為は私自身の為にやっているのだな。
 備え付けのイスに座ってペットボトルのお茶を飲み、そんなことを考える。
 じゃあ、また。
 私は手を合わせて、その場を去り、再び自転車にまたがった。
 北へ、とにかく北へ。セミがものすごい勢いで鳴く中、私は自転車をこぎ続ける。1時間ほどして、名もなき公園で休憩だ。いや、本当は名前があったのかも知れないが、覚えていないので名もなき、ということにしておこう。なんかかっこいいしな。
 こんな暑い中走るんだったら、日焼け止めを持ってこないとあとで痛い目に合うよなあ。自転車を入れる袋を持ってきてないので、途中でやめて電車に乗るわけにはいかないよなあ。昼飯は何食おうかなあ。あまり冷たいものを飲みまくるとおなかの調子が悪くなるよなあ。
 そういう、色んなことをただ考えつつ休憩する。
 今日の気分は肉より魚だなあ。昼飯は出来たら、寿司がいいかなあ。ビールも飲みたいけど、飲んで自転車乗ったらだめだよなあ。
 私の思考が徐々に昼食にのみフォーカスしていく。よし、出発だ。道中、ファミレスなんかがあっても少し我慢して、回転寿司を探そう。いや、回転じゃなくてもいいのだが、普通の寿司屋は入るのに勇気がいるから、きっと最終的には回転寿司ということになるだろう。
 出発して、30秒後、回転寿司の看板が見えた。
 そんなすぐ見つかるとありがたみが減るよなあと思いつつ、これを見逃すと次はきっと回転寿司は見つからない予感がしていたので、入店する。午前11時開店だが、現在は10:59だ。まあいいか。
 入店すると、客は私一人だった。私VS寿司職人5、6人+フロアをうろついてる店員3、4人。だが、今の私はそんな状況くらいでひるまない。
 なんとランチタイムは「あら汁」が無料とのことだったので、もらう。鮭のあら汁だ。私の目の前の寿司職人が慣れた口調でしゃべり出す。
 「本日は~ァ、大トロがおすすめなんで~ェ、ぜひご注文くださいねぇ~」
 客は私一人なので、私に向かって言っているはずなのだが、その職人は私の方を向いていなかった。その後、他の職人からも「くじらのヅケ」「ねぎま汁」などのおすすめメニューが流暢に語られる。
 私はすこしひるみ、大トロを注文した。しばらくして他の客がやってくる。ようやく、私一人に対して複数の寿司職人が今日のおすすめを教えてくれるという、妙なプレッシャーから解き放たれ、私は自由に注文できるのだ。
 えんがわ、たまご、ねぎとろ、うに、いくらなどを注文し、ごちそうさま。腹一杯だ。
 店を出て、再び自転車にまたがる。北へ、北へ。ときどき、携帯電話のナビ機能を作動させ、現在位置を確認する。かつて私の冒険の必需品だった携帯型GPSは、携帯電話のナビ機能があれば事足りるようになっていたのだ。色んなことが便利になっていく。昔の方が良かった、などとはみじんも思わず、今の便利さをありがたく受け入れ、私は進んだ。
 進んでいたら、あっけなく目的地の荒川に到着してしまっていた。


▲荒川
 ちょっと物足りないが、まあいいか。私は土手に自転車を止め、たまたまかばんの中に入っていた折りたたみ傘で日陰を作った。とりあえず、顔が日陰になれば涼しい。


▲土手の斜め部分に自転車を横倒しに。 風で倒されないための措置である。
 河原はきれいに整備されていて、芝生のサッカーコート兼、陸上選手用トラックが設けられている。斜めになった土手に寝っ転がり、空を見上げた。
 もう、何度も体験したことだが「空が広い。」
 空とか、川とか、大きな木とかが、私の中のぎすぎすした部分を回復してくれているような気がした。
 うむ、やっぱ来て良かった。
 1時間ほど昼寝をして、帰る。帰り道では、やっぱりというとかなんというか、尻が痛くなった。尻の丘の部分が。
 無事、家に到着すると、猫の「こと」が「誰やねん」という顔でこちらを見ていた。そのとき、「ぱく」はユニットバスの隅っこに、ひんやりしたところを見つけてぐでーっと寝ていた。
 ぴりぴりとした日焼け部分の痛み、と明日以降起こる筋肉痛を覚悟しつつ、今回の日記を終わる。