唐突に函館に行った話 その4

唐突に函館に行った話 その4


 北海道の濃い牛乳を飲んだ私は、昼飯を食うべくステーキハウスに向かった。
 大沼湖畔の道路を自転車でぎゅんぎゅん進んでいくと、のどかなログハウスが見えて、そこがステーキハウス「Lumber House」なのだった。
 中に入ると、旧タイプのだるまストーブがどんと置かれており、客のおっちゃんが2名、店の人が家族総出で談笑していた。そんな中にいきなり私が乱入したのだが、特に気まずい感じはしない。たぶん。
 店の人は若干老けた夫婦に20歳くらいの色白姉妹だった。姉妹のうち、どっちが妹かはわからないが、どちらかが私の方をめちゃめちゃ凝視しており、それはきっと一目ぼれとかではなくて、怪しいやつだ気をつけろ的な視線のような気がしたが、まあ、凝視されておいた。
 もう一人が注文を聞きにテーブルにやってきたとき、なぜか目のやり場に困る。めちゃめちゃ短いスカートをはいているわけではないし、私は何故そんなにおどおどしているのか。
 よくよく考えてみると、ストッキングなどを着用していない、いわゆる生足の上、ものすごく色が白かったからだ、と思う。どのくらい白いかを確認しようとすると、きっといやらしい目つきになってしまうのでそれは避けねばならない。なにより、姉妹のもう一人が私を凝視しているのだ。
 とりあえず、視点の定まらない状態で、中ぐらいのステーキを注文。しばらくして、いい匂いがしたと思ったら、ステーキが来た。


▲じゅじゅう
 これはうまかった。うまかったが、ステーキは一定以上うまいと、それ以上はもうわからない。さすが北海道だけあってほのかに香るなんとかかんとかの味とか、洒落た感想が言えないのが残念である。ごちそうさま、と告げ、代金を払って外に出た。
 再び、ぼろいレンタサイクルに乗って沼の周りを走る。
 しばらく行くと、馬やひつじなどが飼われている牧場についた。


▲尻が半端なく汚れている羊
 さっきの白ふとももステーキ屋はちょっと落ち着かなかったので、この牧場のベンチに座って缶コーヒーを飲む。うむ、羊の尻は汚いなあ。
 牧場で放し飼いにされている馬たちとは別に、大量のうさぎが広めのうさぎ小屋に入っていた。20畳くらいの広さはあるんじゃないだろうか。カップルがうさぎの餌を買って中で餌付けしており、大量のうさぎがもう、うさぎかどうか疑わしいくらい大量に固まって餌を奪い合っていた。
 公園でポップコーンに群がる鳩のようである。
 白や茶色や、ブチ模様、黒いうさぎも居た。もう、1年くらいうさぎ見なくても大丈夫、というくらい居た。
 うさぎを堪能した私は、すぐ裏にある、大沼の波打ち際にやってきた。

 沼のくせにちゃんと波が打ち寄せており、さすが北海道と感心していると、さっきのカップルがひと気のなさそうなこの場所を嗅ぎつけて、いちゃつきに、いや、景色を楽しみにきたようなので私は道路に戻って自転車にまたがった。
 自転車をこいでいると、ふと、新幹線が目に付いた。緑の帯の、東北新幹線である。あれ、東北新幹線って北海道まで来てるの?と思ったが、そんなわけはなく、たぶん古い車両を展示してある感じなんだろう。けど、函館駅のあちこちに「北海道に新幹線が!」というビラがあったので、もう近いうちに新幹線が通るのかも知れない。(→北海道新幹線 - Wikipedia


▲とても見にくいが、林の向こうに新幹線の車両が停まっている。
 そろそろ沼の周りも残り1/3くらいになり、なんだか惜しくなったのでコースを若干外れて進む。外れたとたん、道がものすごく悪くてがたがたであった。
 もしも私が痔なら、悲鳴を上げているところだ。ああああと叫んでみると、ヴァヴァヴァヴァになった。そのくらいのがたがた加減である。
 ううむ、しかしがたがたにより、自然に減速してしまって全く楽しくない。これは、元のコースに戻った方がよかったのでは、と思ったところ、こんな場所に出た。


▲大草原
 見渡す限りの草原で、誰もいない。たまに自動車が通るくらいである。ああ、ものすごく北海道っぽい。これは素晴らしい。
 前が大草原なら、後ろも大草原である。


▲絵にかいたような大草原
 大草原の間を、がたがたの舗装道路が通っているという感じだ。とりあえず、自転車を止める。
 両手を上にあげ、わーっと叫びながら草原の奥まで走って行きたくなったが、草はひざぐらいまであり、冬眠からさめた北海道の大自然に足を噛まれたりすると大変なので、1mくらいで引き返して来た。ここは絶好の弁当ポイントなのではないか。さきほどステーキを食ったばかりではあるが、牛乳の濃い牧場で買ったローストビーフサンドを食おう。
 このローストビーフは100%私の腹の肉となってしまうかも知れないが、それは旅から帰ってから運動などで苦労して落とそうではないか。


▲ローストビーフサンド
 ローストされたビーフがぎっしりつまり、巨大なピクルスが添えられたサンドイッチである。なぜか、ラップに包まれたポテトチップも付いている。ペットボトルのお茶とともに、大草原の中でこの豪快サンドを食う。
 ああ、うまい。
 さっき飯食ったばかりだが、うまい。場所と空気と、牧場で購入したローストビーフというコンビネーションに、私は参ってしまった。しばらく草原を楽しみ、先に進むことにする。さようなら、名もない草原。また来たいぞ。
 がたがた道を進むと、やがてゴルフ場が見えてきて、さらに進むと踏切があった。

 踏み切りだなあ。
 さらに進むと、車の通りが若干激しい国道に出て、なんとボーリング場があったのだ。


▲ボーリング場
 ハイウェーというのは高速道路なのか、高い所にある道路という意味なのか。わからないけど、時間はたっぷりあるので中に入った。
 中は薄暗くて、倒産しているのかと思ったが、入口は空いてたし、それなりに掃除もしてあるようだ。フロントは無人だった。というか、客も店の人も一人も居なくて、異次元空間に迷い込んだかのようだった。
 フロントにぽつんと置いてある電話には、「ボウリングの方は3番を押して呼んでくださいね!レストランの方にいます」と書かれていた。のどか過ぎるボーリング場である。
 ほどなく、裏のレストランから人が来て、手続きが済んだと思ったら、レーンに明かりがついて、スコア表示のとこにジュークボックスの映像が流れ始めた。私ひとりのためにこのボーリング場は今、稼働しているのかと思い、恥ずかしくなったが、店の人はまたレストランの方に行ってしまったので、まあいいか。

 誰も居ないボーリング場でもくもくとボールをぶん投げる私。結局5ゲームもやって、1回だけ180点を超えた。途中、他の客も2組ほど来て、ああ、良かったと思いながら清算したのである。
 180点を超えると、オロナミンCがもらえるとのことで、ありがたく貰っておいた。こんな人の少ないボーリング場なのに、店の人は愛想がいい。いや、人が少ないからこそ愛想がいいのかも知れない。込み合っているようなところは、なんだか冷たい対応が多い気がする。
 去り際に優待券をくれようとするので、いえ旅行で来てるんで当分来ないと思いますから、と断った。ということは、また来るつもりなのか。
 どうか、それまでこのボーリング場が続いていますように。
 自転車にまたがり、ボーリング場を後にした。ぼこぼこ道はもはや終わりで、元の湖畔コースに戻る。下り坂を気持ちよく降りていたら、あっと言う前に駅についてしまって、駅周辺をうろうろしてしまった。
 一瞬、大きめの駐車場に入りそうになったとき、100mも先から制服を着た管理のおばさんに「自転車は入らないでください!」と注意された。いや、別に入るつもりは…。
 少しテンションが下がったので、自転車を返して、函館に戻ることにした。
 レンタサイクルの横に、高浜虚子と誰かの句牌というのがあったのでじゃあ、と思って見に行く。

 高浜虚子って誰だったかな、うーん。書いてある句も、なんだかよくわからなかった。左のやつなんか、読めもしなかった。
 ちょっとおしっこしてから帰ろうと思い、トイレに入るとこんな壁紙が。

 そうか、ここは千の風になってが誕生した地だったのか。へー。
 まあでも、もう帰るつもりだったので、特に躊躇なく函館行きの特急に乗りこんだのだった。<つづく>